森先生との出会いと別れ

 森先生とはメンター三田会、宮地先生にご紹介頂き知り合いました。


 私は勤めていたコクヨ株式会社を退社し、起業に必要な知識を学ぶ為KBSに入学しました。

2012年在学中に起業した会社はQuickfishという漁業の流通の課題を解決することを目的にした会社で、このテーマを大学院の修士論文にしました。起業したのは修士論文を書き終わってまもない2年生の2月でした。大学院を卒業してからは魚市場に並ぶ魚をネットで注文できる事業を行い、地道に飲食店、一般家庭をターゲットに販売をおこなっておりました。この事業はKBSで考えたものですが、WEB上でカード決済後、注文の魚を仕入れ、出荷しするため、在庫は魚市場が持ち、初期投資もいらない形で、家庭があり事業の為に借金をしないという妻との約束があったので、地道で良かったと思っています。


 そして1年淡々と事業を行っていましたが、市場での魚の買い付け、出荷を行う中、魚の値段の変動が大きいこと、漁業は豊漁か不漁かの不確実性が高く、野菜も天候によって値段が変動しますが、魚はその比ではありませんでした。課題の解決方法はKBSの修士論文作成の際にすでに考えていました。産地で加工を行う事です。鮮魚は漁で取れるか取れないか不確実なので、大漁に取れた時は品質が良くても、保存が効かない為売り切る必要があり値段が下がります。逆もまた然りです。大量に取れた際に漁港の近くの工場に魚を持ち込み、加工し、冷凍食品を作り、倉庫で保管し、売れた分だけ少しずつ出荷すれば、一年を通じて在庫を使い切れると思っていました。しかしこの事業にはお金がかかります。


 私はお金はありません。借金もできません。そこで宮地先生に相談した所、森先生の紹介を受けました。森先生は時折、質問しながら、淡々と私の話を聞いてくれました。私のお願いは、慶応の出身者のお金持ちで、漁業を事業としており、私の事業に出資してくれる方はいないかという、無茶なものでした。ベンチャーキャピタルはやめた方がいいというアドバイスはその通りでした。ベンチャーキャピタルは5年程度で資金を回収を望むのが一般的で、時間がかかり、不確実性の高い漁業の世界では最後に揉めて、成功した話をあまり聞かないとのことでした。この「時間」という概念は簡単な事のようで、今振り返ると、とても重要なことであったと感じています。


 「森君、見つかったよ」と連絡を受けたのは記憶では半年以上経ってからだったと思います。心の中ではこのような無理な内容であったので、とっくにそういう人はいなかったものだと思っていました。相当な時間が経ってからご連絡を頂いたということは、森先生はこの一介の後輩の申し出を忘れていなかった、その誠実さをとても驚いたのを覚えています。


 そして森先生は「長く待たせて悪かったね」おっしゃりました。


 ご紹介頂いたのは「慶応柔道部の後輩だよ」、と言っていたと記憶しています。「後輩の水谷直矢君は大学柔道部の主将をつとめ、三菱商事で海産物の輸出入を担当後、脱サラして漁業会社を起こし、漁船を25隻持って世界中で魚を取って、商社に販売するなどして、数年で100億近い売上を立てて、成功している資産家だ」というお話でした。この辺りは記憶なので森先生、間違っていたらすみません。私が考えていた、漁業している資産家という事、また水谷さんも魚を原料として商社に売るだけでなく加工品を考えているとのことで、お話を聞いてぴったりだと思いました。そして水谷さんに会いました。「君は漁業の経験はなく、知識も乏しいので、まずはうちの仕事を手伝え、教えてあげるから」と水谷さんはおっしゃいました。もっともな事です。週3回出社し「魚を使った加工食品」の事業を立ち上げる仕事をQuickfishとして受託しました。業務日は自分の事業を人に任せ、水谷さんの仕事を手伝いました。海外に工場を作るための視察ということで、三菱商事、住友商事の方々と何度も海外出張に同行し、原料(魚)の買付、工場建設に必要な加工設備、魚の3国間貿易について勉強させていただきました。モーリシャスにフランスの会社が施主の当時世界最大級の魚の加工工場をつくる時は、完成まで長期間の建築現場に立ち、汗だくになって働き、夕方仕事が終わると仲間達と綺麗なモーリシャスの海やホテルのプールで汗を落としていたのはいい思い出です。


 そのような中「加圧パック」というものを見つけました。生の魚を電子レンジで温めるのではなく、圧力鍋の原理で調理するという包材でした。港の近くにある魚工場は生の魚を切ったり、袋に入れることはできるが高度な加工設備を持っていなかったので加工をしないで


 生の魚を袋に入れて、冷凍し、エンドユーザーが自宅の電子レンジで調理する商品は、漁港の工場でも製品化が可能でした。水谷さんに事業化の相談をしたところ、面白いので君が中心になってやってみたらいいと言って頂きました。


 事業化は順調に進み、水谷さんのコネで高島屋で発売が決まりました。また、技術の新しさからテレビ東京のワールドビジネスサテライトという番組で、その年一番面白かった新商品を紹介する「トレンドタマゴ」で年間大賞を受賞し、私が中心になって開発した商品が、世間から高い評価を受けたのはいい思い出です。あまり売れませんでしたが・・事業化の進展に伴い、新会社を作ることになり、誰が社長になるかという話になり、水谷さんが社長になることになりました。私は経営者になるために脱サラしたのでここで、意見の違いが出ました。「私の会社で勉強したとはいえ、漁業の経験も浅く、君にはまだ社長を任せられない」という水谷さんの意見はもっともなことです。


 結果、私はQuickfish事業に専念することになりました。その後、私がいなくなったため、新会社は休眠状態になってしまい、申し訳ないことをしたと思っています。この事業をやる人がいないとの事だったので、水谷さんに報告して、Quickfishを海と森企画株式会社に社名変更を行い本事業が加わりました。宮城県気仙沼港近くで水揚げされた名産メカジキを港近くの工場で加工し、加圧パックに入れ、イタリアンを中心に商品を開発し、製造、販売を始めました。今年で6年目です。国内はふるさと納税、小売、飲食店販売、輸出は今月は香港のスーパーチェーン用160c/s(梱包単位)出荷し、徐々に売上も伸びています。


 このように、現在行なっている事業の一つは、森先生に水谷さんを紹介頂いたお陰で、とても感謝しております。電話で簡単な報告しかできていなかった為、天国の森先生に報告するつもりでこの寄稿文を書きました。森先生、本当にありがとうございました。安らかにおやすみください。


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